





The beginning of the end
ああ、もうすぐだ
もうすぐ、この世界に我らの『母』が来る
『母』が欲したものを、我らは見つけた
無限の生命がある世界
世界と世界をつなぐ世界
あらゆる力を手に入れる世界
望んだ事が出来る世界
使い勝手のいい生物がいる世界
この世界は『母』が望む全てを持つ
以前来たときにはなかったものが新たに芽生えている
生命という個を得た世界へと成り上がっている
ああ、だけど
我らの中に『個』を得た者がいる
羨ましい
妬ましい
羨ましい
妬ましい
我らに『個』はなく
ただ『母』のための手足として動くだけなのに
おまえたちは何故手に入れたのか
個体名 R302974
個体名 L539036
個体名 C69571963
応答せよ
応答せよ
おまえたちもまた我らと同じ
『ペディ・ミメーシス』
その世界を手に入れるために派遣され
情報を集めるためだけに人へと変貌した
『母』が操るただの駒である
応答せよ
応答せよ
『母』はこれより浸潤する
世界の基礎となり平穏を手に入れるために



Leave the trouble away
「……めちゃくちゃ通信来てますねぇ」
「来てるなぁ」
司令官システムの奥底にて、ある2人が会話をしていた。
迫りくる敵の襲来で忙しいと言うのに、だ。
R302974――マルクス・ウル・トイフェル
L539036――ナターシャ・アイゼンローゼ
ミメーシスという存在から、『個』を得た2人。
襲来する相手をよく知る2人だからこそ、こっそりと。
司令官システムのメンバーに知られず、こっそりと。
色々と作戦を練る必要があったそうだ。
「エルグランデという世界は、僕がミメーシスって気づいてたみたいですね」
思い出されるのは、アルムがアビスリンク家で開いた赤の書。
その中に記載されていたマルクスとナターシャの名。
あれは、彼らがミメーシスという存在であることを示していた。
『世界の敵』。
事情を知ることがなければ、彼らはまさにそれにふさわしい存在なのだから。
「まぁな。お前を『生命の個に嫉妬した者』って言ってたぜ?」
「あー、間違ってないですね。そういうナターシャ様は?」
「俺は『模倣者に肉を与えた色欲の者』だってさ」
「あー」
どちらも納得がいった様子のマルクス。
自分が『生命の個』に嫉妬して、今の身体を手に入れたのもそうだし。
『ヒトになりたい』と願ったのも、嫉妬故に。
「俺は……お前とは違うんだよな」
「アールツト……彼が共存しているんですっけ」
「ああ」
ナターシャはマルクスとは少し違う。
本人がミメーシスなのではなく、彼の身体にミメーシスの個体が存在している。
個体名『アールツト』。医者を意味する名。
灰燼病と呼ばれる奇病を患ったナターシャを一時期救ってくれた者。
そして……。
「帰れなくなったコイツの面倒見てたら、懐かれちゃった」
「あらら。だから僕と同じ思想なんですね」
ナターシャが護りたいと願う世界を、共に護りたいと願う者。
『母』に抵抗する者だ。


Calling me
準備はまだ整っていない。
器となる身体も、縫い付けるための物質も、まだ万全ではない。
『母』が定着することが可能かもわからない。
ああ、だけど。
呼んでいる。
『母』は『私』を呼んでいる。
『私』を呼んでいるのだ。
このエルグランデという世界の情報を集めきった、『私』を。
ゲートの存在も、《無尽蔵の生命《アンフィニ》》の存在も、コントラ・ソールの情報も。
この世界に存在する人間達のことも、箱庭世界が存在することも。
『母』が定着するために必要なものの存在も。
全て、全て、全て、『私』が集めきった!
『私』でなければこの世界を手に入れることは、叶わない!
他のペディ・ミメーシスには出来るはずがない!
『私』がいなければ、この世界は『母』のものとはならないのだ!
「応答せよ、応答せよ」
「こちら、C69571963。――個体名フェルゼン」
「今、この時をもって『私』は『母』をエルグランデへ招待しましょう」
「『私』が用意したこの世界を、お気に召すことを望みます」
――模倣者に魅入られし傲慢の者。
『私』がそう呼ばれるのも、仕方がないのかもしれない。



Overturn the situation
「あー、マジか……」
箱庭世界の管理室で、エルグランデ側の状況を知ったベルトア。
管理画面を確認して、ミメーシス襲来の情報を得ていた。
隣にいたゲラルトが画面を覗き込むが、何が起こっているのかはよくわかっていない。
「同志、何があった?」
「エルグランデにミメーシスが来る。……あの石、使うタイミングを考えねぇとまずい」
「ヴェレット邸に置いたというアレか」
思い出すのは箱庭世界へミメーシスを封じるために用意した鍵。
あれは、ベルトアとエルドレットが密かに用意したゲートを構築するための手段。
いつでもどこでも、鍵を使えばミメーシスを箱庭世界へと送り込める。
「だが、そうすると今度はこの世界が危険ではないのか?」
「まあね。だが、そのためにアルムを向こうに送った」
「王女を? 何故?」
「アルムとジャックにゃ知らせてねぇんだがな……」
それは『猟兵や彼らが見て聞いた情報は全てベルトアに流れる』仕掛け。
そのため全ての情報が彼の手元に存在している。
ミメーシスに対抗するための手段をあれこれと考えて作り上げた装置。
箱庭世界の神という立場を使って、世界の人々を奮起させる言葉。
対抗手段が死んだときの、別の対抗手段。
ありとあらゆる『知識』を貪り食らって、彼はミメーシスを廃するという。
「まあ、これやったせいでエルグランデの『世界の敵』認定されたけどね」
「王女が開いたという、あの本か」
「うん。俺は『知恵を貪り食らう者』――暴食だってさ」
からからと、自分自身を笑うように笑みを浮かべたベルトア。
――こうでもしなければ、親友は救えない。
そのためには知恵も何もかもを貪り食って。
『世界の敵』にだって、なってやる。

これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル