He is the traitor
「……どした、メル」
「……」
セクレト機関の廊下の一角にて、エルドレットとメルヒオールが邂逅する。
今日は月が明るく、彼らの表情もくっきりと見える。
いつもの飄々とした表情。いつものギザ歯の嫌味な表情。
それらが重なることは、よくあることだった。
だけど、今日は違った。
エルドレットはついにその時が来てしまったと気づいてしまう。
「……お前だったか。《預言者《プロフェータ》》が教えてくれた裏切り者は」
その言葉を聞いた瞬間。
メルヒオールはエルドレットに詰め寄り、その首を強く絞める。
彼が機械の身体であることはわかっている。
首を絞めても目の前の男が死なないのはわかっている。
だけど、どうしてもメルヒオールは収まりがつかなかった。
どうしても、目の前の【機械】を止めなければならないと感じていたのだ。
ああ、だけど。
『違う未来』だと、エルドレットは感じ取った。
あの時に見えた未来は、異形の者が首を絞めに来る未来だった。
けれど、今目の前にいる彼は異形になっていない。
――未来が変わったのだと。
「……どういうつもりだ? メル」
首を絞められてもなお、言葉を発するエルドレット。
呼吸器官なんて疾うの昔に無くなった彼には、首絞めなんて無害にも等しい。
故に彼はメルヒオールに問いかけた。
義理とは言え、息子でもある彼の言葉を聞かなければならないからと。
なにかの理由があって、こうしているのだからと。
その言葉に対して、メルヒオールは答えた。
「エーミールを敵視するのをやめろ、エルドレット」
メルヒオールは、怒りに満ちていた。
エルドレットに対して、そして世界に対しての怒りが。
自分の支えでもあるエーミールが世界の敵となった。
それはいい。それは仕方がない。
いつかこういう日が来ることは、なんとなく知っていたから。
だけど、世界の言葉だからといって。
父でもあるお前が見捨てるのは、違うんじゃないか。
そう言いたげな視線がメルヒオールから迸る。
「……俺が、ミルを見捨ててるように見えるのか。《エリーアス》」
怒りに流されないように、エルドレットは冷静に言葉を返す。
メルヒオールの本名であるエリーアスの名を呼んで。
少しでも、波の立つ心を抑えていく。
俺がそんな事をするわけがない。
俺があの子を見捨てるわけがない。
そう断言するように、問いかける。
けれどエリーアス――メルヒオールは反論した。
「アンタなら平気で見捨てるだろうよ。兄貴に対してもそうやったようにな」
メルヒオールの兄。金宮燦斗と名乗る、2人の縁者。
今、首を絞めている男と同じ髪の色を持った司令官補佐。
彼は過去に、エルドレットに見捨てられたのだと。
その言葉を聞いたエルドレットは、これまで強い意志を宿していた瞳を逸らす。
その言葉は、どうしても否定出来ない。
実際に、エルドレットは燦斗を見捨ててしまったことがあるのだから。
「……メル。俺は……」
どうにかして、言葉をつなげようとしたエルドレット。
しかし頭の中が真っ白になってしまって、次の言葉が出てこない。
この状況を覆すための言葉が、1つも。
「父上!!」
「ドレット!!」
やがて、燦斗とヴォルフが2人のもとへ駆けつける。
状況を察知した司令官システムのメンバーからの要請があったようだ。
彼らの手にはそれぞれの武器。
燦斗は黒い刀を。ヴォルフは拳銃を。
敵対生命との応戦に備えて準備していた。
「……っ……!」
燦斗とヴォルフの姿を確認して、メルヒオールは素早くその手を離す。
エルドレットが止める間もなく、彼はすぐに廊下を走り抜けて逃げていってしまう。
エリーアス・アーベントロート。
現在の名は、メルヒオール・ツァーベル。
その背中は、あまりにも悲しい姿をしていた……。
――メルヒオール・ツァーベルが離反しました――
これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル