a betrayed man
「マリィ、フェルゼンがいないとはどういうことだ?」
――そのままの通り。
――フェル兄さんがいなくなったの。
――最初からいなかったかのようにね。
――Marianela Velet.
『フェルゼンが消えた』。
その情報はルナールにとっても、そしてエミーリアにとっても寝耳に水だった。
司令官システムとは、数多の人間の脳が集まって演算を行っているシステム。
人の目がその分だけ搭載されていると言っても過言ではない。
どんな術式を使っても、コントラ・ソールによって剥がし。
どんなに逃げ惑っても、必ず居場所を突き止める。
それが司令官システムの持っている追跡力であり、誰にも止められない。
***
「ルナールさん、エミーリアさん! 助けに、きました!」
そんな窮地の中、唯嗣・たからが現場に駆けつけた。
これまでの怒りをぶつけようとするクラーケンはまるで蝿を落とすように脚を振り回すが、
彼女は飛行ユニットを使い、空を駆けてクラーケンの脚を華麗に避けていく。
更にこれまでの戦いでエミーリアがクラーケンの弱点を見出しているため、
重点的に脚に攻撃することを提案してくれた。
たからが使ったユーベルコードは腐食の力。
脚を腐らせ落とすことで、切ったり殴ったときより大きいダメージを与えている。
「しょ、食材にならないかも、しれないけど……!」
「しなくていいからね!? あれっ、もしかしてこれブームだったりする!?」
思わず流れがさっきと同じになりかけたが……。
なんとか、ルナールがツッコミを入れたので事なきを得た。
The man who obtained eternity
「……参ったな。オレの新しい身体を使う場面が、息子との戦いとは」
大きくため息を付いた青髪の男――スヴェン・ロウ・ヴェレット。
本来、司令官システムにいる者はエルドレット以外は身体を与えられていなかった。
だが、この事態を預言していたエルドレットが急ぎスヴェンの身体だけを構築させておいたのだ。
しかし、今。
彼の目の前にいるのは実の息子であるフェルゼン。
たからに向けて攻撃を仕掛けようとしたところを食い止めた、まではよかった。
だがその攻撃してきた本人が、実の子であるという真実は受け入れがたい。
「クラーケンさん、どうして、呼んだの?」
たからの問いかけに対し、フェルゼンはしばらく沈黙する。
スヴェンもまた、その答えが出るのを待つ。
実の子が侵略者《インベーダー》のような動きをするなんて、考えたくなかったからだ。
けれど、現実はとても残酷なものだ。
スヴェンが『そうであってほしい』と願った未来には、絶対にたどり着けないのだから。
「――ルナが機関に合流されると、侵略出来ないからな」
そんな言葉を告げて、コントラ・ソールを起動させたフェルゼン。
咄嗟に、たからを守るためにスヴェンは彼女に覆いかぶさるように庇った。
ごうごうと燃え盛る炎の痛み。
鋭く尖った、凍える氷の痛み。
全身を一瞬で巡る、雷の痛み。
全てを切っていく、風の痛み。
降り注ぐ光による、熱の痛み。
影から生まれた刃による痛み。
いくつもの痛みが、スヴェンの身体を駆け巡る。
けれど、これは。
この痛みは、全て。
この世界では、矛盾している。
エルグランデ人のコントラ・ソールの所持数には、限りがある。
エルドレットやスヴェンのように、司令官システムとなった者。
それ以外の常人が持てる数は……。
5つまで。
これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル