endure the pain
「……い、たい……」
夜にエーミールは目が覚める。
誰に起こされたわけでもなく、自分の頭の痛みに耐えきれなかったから。
水分不足か? それとも、寝すぎたからか?
あるいは、自分が寝る前に何かをしてしまったか?
色々と原因を探ろうにも、頭が痛すぎて何も考えられない。
コントラ・ソール《賢者《ヴァイゼ》》に知恵を借りたくても、何も出来ない。
それどころか、身体も思うように動かせない。
出来ることと言えば、緊急用ボタンに指を添えることだけ。
本来なら押す必要のある緊急用ボタン。
けれど、力を加えることが出来ずに本当に添えるだけとなってしまった。
呼吸が荒くなり、目の前がチカチカと光る。
ぐるぐると頭の中が回って、エーミールの平衡感覚を無くしていく。
モザイクが掛かったような視界が広がり、壁も床も判別がつかない状態。
それが、エーミールの世界となりつつあった。
「エーミールお兄様!」
「エミさん!!」
けれど、そんなモザイクの世界に2つの人の姿。
1人はエーミールが死ぬほど嫌っている妹、エミーリア。
1人はエーミールが一番信頼している弟、メルヒオール。
2人はエーミールの緊急用ボタンに長らく指が添えられたままだと気づいたエルドレットによって派遣された。
本当の緊急だと、ボタンのもう1つの機能が作動したのだ。
「しっかりしてください、エーミールお兄様。もう大丈夫ですから」
エミーリアの優しい声がエーミールの頭の中をくすぐる。
少しでも安心させようという、彼女なりの心遣いがよく出ているのがわかる。
……けれど。ああ、どうしてなのか。
彼女の心遣いに対して。
彼女の優しさに対して。
――憎悪が積み上げられていく。
「……うるさい……」
小さく呟いた黒い言葉がエーミールの頭の片隅を支配する。
耳障りだと、聞きたくないと、拒否する言葉がぐるぐると渦巻く。
彼女への憎悪は今に始まったことではないのに、何故か、今回は酷く積み上がる。
けれど、そんな黒い渦中にいながらもエーミールは理性を取り戻した。
今、この状況でエミーリアが心配してくれているというのに、自分はなんてことを言ってるのだと。
「……すまない、エミーリア……」
小さく、謝罪の言葉を述べるエーミール。
せっかくの優しさを無碍にしたことへの謝罪。
せっかく心配してくれているのになんてことを言ってしまったのだ、と。
しかしそんな彼に対しても、エミーリアは優しく言葉をかけてあげた。
「いいえ。エーミールお兄様の気持ちは、よくわかりますの」
「……すまない……」
そんなエーミールを見かねてか、メルヒオールは彼に肩を貸す。
このまま自室にいるよりは、救護室に向かった方がいいという判断を下したようだ。
既にエルドレットに連絡を入れ、空いている救護室を確認している。
あとはエーミール本人を連れて行くだけだ。
「エミさん、肩貸しぃや。近くの救護室まで連れてったるから」
「……すみません、メルさん……」
ゆっくりと、おぼろげな視界をメルヒオールに補助してもらいながらも、
エーミールは救護室へと向かう。
――心の中に燻る黒い感情が消えぬまま。
これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル