abyss brothers
「……ふむ」
フェルゼンは冷静な顔で、現在の状況を確認する。
現在の状況――秋月・那原の提案によって行われている千本ノックの状況を。
「なんで千本ノックなんだよ! なあ!?」
「影達を一斉に追い返すのが1番楽だと思ったから!」
「だからって俺がバッターやらなくったっていいだろー!」
日野・尚人の悲痛な叫び。
何度も何度もバットを振ってはボールを打ち返し、影達をゲートの先の世界へ追いやっている。
ちなみに既に3回目の千本ノックに入っているせいで、彼の身体も悲鳴を上げている。
と言ってもこの千本ノック、ピッチングマシーンの豪速球により20秒で終わるのでさほど時間はかからない。
とは言え爆速の千本ノック、流石に猟兵と言えども苦痛以外の何物でもないもので。
「や、何してはるんや……」
そこへやってきたのは、本来この事件を調査するはずだった調査人。
その名はオスカー・マンハイム。
諜報部隊オルドヌングに所属する、コードネーム《神の申し子》。
尚人が少し話を聞きたいからと呼び出しを受けたのは良いものの。
何故か目の前で始まっているのが野球だったものだから、ついツッコミを入れてしまったそうだ。
******
その後、自分のスケジュールを優先させるために千本ノックを止めたオスカー。
このあとも別の小さな仕事が入っているため、時間配分を気にしていた。
「一応、これは仕事なんだよな? 給料に響くのに、よく止めたというか……」
「誰かから提言があったのか? じゃないと止めるの難しくないか?」
「あー、せやね。でも俺自身は誰が提言したかわからんのよねぇ……」
エルドレットの預言に対し、調査人の派遣を止めさせることが出来るのはごく一部の人間のみ。
司令官補佐の燦斗やヴォルフ、エミーリア。
高位研究員であり、何かしらの縁があるフェルゼン。
それ以外でエルドレットに提言出来る者といえば……。
「いや、待て……1人思い当たる。ベルトアだ」
「え、なんで?」
「あー……兄貴やったら、出来るなぁ」
「……え?」
オスカーとベルトアは兄弟という、小さな情報が出てきた。
オスカー・マンハイムという名は活動する上の偽名なのだそうだ。
この情報はフェルゼンはよく知っている。
なぜなら、フェルゼンはベルトアと幼馴染だというのだから。
ちなみにその後、那原から「童顔過ぎない?」とツッコミを受けた2人。
いつものように、涼しい顔で「よく言われる」と答えたのだった。
これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル