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Happy Birthday sister
「……ああ、もうこんな時間だったか」
小さな研究室の一角で、フェルゼンは入力作業を止める。
デジタル時計に記された時刻と日にちを確認して、彼は小さく呟いた。
「過ぎてしまったが……誕生日おめでとう、マリアネラ」
彼の言葉は虚空に投げられ、誰に届くものでもない。
この部屋に立ち入れるのはフェルゼンだけで、今も彼以外の人間は誰一人もいない。
けれど、マリアネラの名を告げることで反応するモノ――司令官システムがある。
フェルゼンの言葉に答えるように、彼の目の前に透明なウィンドウが現れ、文字を記す。
それは妹のマリアネラからの返答。
若くして司令官システムに取り込まれた、この世に姿なき妹。
――兄さん、ありがとう。
――いない私にその言葉を投げてくれるのは、フェル兄さんとルナ兄さんだけ。
――忘れないでいてくれて、ありがとう。
Marianela Velet.
「…………」
描かれた文字に少々ため息をついて、フェルゼンは身体を伸ばす。
毎年同じ言葉を投げて、同じように返答を返す『妹の言葉』。
それが本当に『マリアネラ・ヴェレットの言葉』なのかどうかは傍目にはわからない。
だけど、フェルゼンは信じている。
その言葉を返しているのが本当に妹のマリアネラだと。
「今年こそは、ちゃんとした身体を作るから……待っていてくれよな、マリィ」
虚空に向けて小さな誓いを呟いて、彼は再びデータの入力作業に戻る。
彼女の身体を作るという目的を、誰にも告げることもないまま。
これは、猟兵達の秘密の物語。
記録と記憶に残るだけの、小さな物語。
シークレット・テイル
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